02
2人がマサゴタウンのポケモンセンターについた時には外はもう嵐のような状態になっており、同じような状況で避難したと思われる人も多くいて、びしょ濡れであることはあまり恥ずかしくはなかった。
「はい、シンジくん」
「……シンジでいい」
「そう?じゃあ、はい。シンジ」
「……」
ジョーイさんが貸し出していたタオルを2枚受け取ったは、1枚をシンジへと渡した。
が長い髪を丁寧に拭いているのを横目に、特に話すことも無く気まずくなったシンジはすぐ側にいた男3人組の会話に聞き耳を立てた。
「そういえばお前、の休養前ライブ当選してるんだっけ?」
「うそ、マジで?倍率ヤバかったって聞いたけど」
「そうなんだよ!これまでずっと抽選外れてたんだけど、ここへ来て休養前のスーパーライブ当選とか、嬉しすぎる!」
(この状況で一体何の話を……)
呆れたシンジが3人組の方をチラリと見ると3人は壁の方を向いて話をしており、その壁には華やかなポスターが掲示されていた。
ポスターの中心で輝くのは、ドレスを着たひとりの少女と、色違いのロズレイド。
(あれは確か……シンオウのコンテストアイドルだったか)
シンジは前日の夜の記憶を思い出した。
色違いのロズレイドが印象的だったから覚えているのだ。
レイジが何も考えずにつけていたと思われるテレビに映っていた少女。
コンテストアイドルなどにまったく興味は無いが、これまで見てきたホウエンやイッシュのアイドル的存在と比べると自己主張が少なく落ち着いた感じがシンオウらしい、などと思い、そんなことで自分がいま生まれ故郷に居るのだと言うことを実感したのだった。
「あのポスター、こんな所にまで貼られてるんだ」
「…………」
髪を拭き終わったが、手を止めてジッと壁の方を見るシンジに声を掛ける。
シンジはハッとしてアイドルのポスターを見ていたことについて弁解しようとしたが、それはそれで格好が悪すぎるということに気がついてやめた。
そして同時に今ののコメントの違和感について考えた。
先ほどの男達のような憧れに満ちたものではなく、どこか呆れたような口調。
おかしい。のような人間こそコンテストアイドルなどに興味があるものではないのか?同じポケモンを持っているのならば、尚更。
「、お前はコンテスト畑のトレーナーだろう」
「あっ……分かる?」
「バレバレだ。俺でなくても気がつく」
「…………」
「……その沈黙はなんだ」
「いや、シンジはどちらかと言うと気がついてない方と言うか……」
「どういうことだ」
自分の目が節穴だと言われたように感じたシンジが問い詰めると、は目を泳がせた。
「それはちょっとここでは……。あっ、そうだ。えっと、あのね。さっきタオルを貰いに行った時ジョーイさんに頼んで宿泊部屋をひとつ用意して貰えたんだけど、そっちに移動しない?」
「この状況で空いていたのか?」
「ううん。えーと、特別に?……あっ、何その目!」
「……なんか怪しいな」
「あ、怪しくないよ~」
先ほどの会話と言い、特別に部屋を用意して貰っていることと言い、シンジは目の前のと言うトレーナーが少し普通では無いと感じていた。
良いバトルをするトレーナーであるし悪い感じではないのでそれほど警戒はしていなかったが、もう一つの理由――異性と寝泊まりする経験が無いために勝手が分からないことが大きく、シンジはからの誘いを断った。
「俺はいい。この雨も夜まで続くものじゃないだろう。止んだらすぐトバリシティへ戻る」
「えっ、さっきのバトルの話しようよ!雨が止むまで!どう?」
「いや、俺は……っ!」
反論しようと振り返った先、至近距離にの顔があり動揺したシンジは思わず一歩後ずさった。
帽子を取り顔に影が出来ていないの顔をシンジは初めてきちんと認識し、メガネ越しに見える紫の瞳に一瞬吸い寄せられたような気がした。
(やはりコイツ、普通ではないな……?)
コンテストが好きなトレーナーはこんなにも普段から華やかさが隠しきれていないものだったろうか。いや、それとも自分の成長がそういった機微に気がつくことに繋がったのだろうか。
そうだったとしても、の"シンジは気がついていない方"という言葉が気に掛かる。
そうやってシンジが色々と思考を巡らせている間の沈黙について、拒否する理由を考えていると受け取ったは焦ってバトルの話を捲し立てた。
「ほ、ほら、さっきのバトルなんだけど、私がビブラーバの次にジバコイルを出してたら~って考えるの面白いと思わない?あれはマニューラのけたぐりを警戒していたんだけど、結局覚えていなかったで合ってるかな?」
「……合っている」
「だよね!読み間違えちゃったなぁ。もしあそこで読み間違えずに私がジバコイルを出してマニューラを戦闘不能に出来ていたら――」
「おい待て、なにを勝手に俺のマニューラがジバコイルに負ける前提で話を進めている。例えばあの地形なら――」
「…………」
「……なんだ」
「ほら、やっぱりシンジもこういう話すきなタイプなんでしょ」
シンジは人差し指を自分の方へ向けいたずらっぽく笑うに、何も言い返せなかった。
シンジは自分が挑発に乗ってしまったことと何か胸に残る謎の動揺を隠すように、
(あのバトルで出していない、マニューラが覚えているもうひとつの技"ちょうはつ"の暗喩なのか?)
などと意味の無いことを考えながら、大人しくと共に用意された宿泊部屋へと向かうのだった。
―――――
「普通の宿泊部屋ではないな」
「うん。救急の人用に空けてある部屋らしいから、急患が入ったら出ていこうね」
「お前、なぜそんな部屋を借りることが出来る?」
「えーとねぇ……」
がそう言い淀んだ時だった。
の腰のモンスターボールから一匹のポケモンが飛び出した。
右手に紫、左手に黒の薔薇を携えたそのポケモンは、やっと出られたとばかりに嬉しそうな声を出した。
「色違いのロズレイド……」
と言えば先ほど話題に出たばかりの――
そう考え始めてすぐに気がついた。
コンテストアイドルのポスターに興味が無さそうだったこと、シンジが気づいていない方だと言われたこと、特別な部屋を貸してもらえること、今まで不思議に思っていたことすべてに合点がいく。
「お前――か!!」
これまでにないくらい驚いた後、ここまでの自分の言動を思い出して居たたまれなくなっているシンジを見て、、もといはぷっ、と吹き出した。
「やっと気がついたんだ。どれだけシンジがコンテストに興味が無くても、あのポスター見られたら気づかれちゃうかなって思ってたのに。ふふっ、面白い」
「笑うな……。まさか自分の隣にテレビに出るようなコンテストアイドルが居るなんて、普通は思わないだろ」
「あれ、私のことは知ってたの?そういえばポスターも見てたよね」
「昨日知ったばかりだ。……と言うのも昨日久々に帰省したからな。お前がシンオウでどれほど知名度があるかもよく分からんが、先ほどの男達を見る限り、相当なんだろう」
「うーん。自分で言うのもなんだけど、そうかも」
自分の話題に対してさほど興味も無さそうに流したは、ロズレイドを撫でながら目を輝かせて言った。
「それよりさっきの話の続きをしようよ!えっと、どんな話をしていたんだっけ?」
「……はぁ」
シンジはの問いには答えず小さくため息をつくと、キッサキへ行くならと手持ちに加えていたブーバーンを出した。
特性"ほのおのからだ"で部屋が暖まっていくと同時に、ブーバーンが出した小さな炎で濡れた服が乾いていく。
ロズレイドは濡れていないはずだったが、と一緒になってブーバーンの側へ行って暖まっていた。
「わぁ、ありがとう」
「フン。…さっきは俺のマニューラとジバコイルが戦ったらという話をしていた」
「そうだったそうだった。シンジが挑発に乗ってくれたんだった」
「……お前な」
狭い部屋にはくつろぐためのテーブルやイスは無く、ふたつ並んだベッドの内、が奥側に腰掛けシンジに向かいのベッドに座るよう促した時は少し動揺したものの、が自分のタブレットを出してバトルのことを書き出してから議論が白熱し出したのはすぐで、緊張などすっかり無くなっていた。
「――じゃあ私のビブラーバが進化してフライゴンになっていて、こおりのつぶてに耐えてたらどうする?」
「どうせ"とんぼがえり"を覚えているんだろう」
「話が早いなぁ」
もう端から見れば何が書いてあるのかも分からないタブレットの一角をシンジが指しながらに反論しようとした所で、シンジのスマホロトムが着信を知らせた。
その音で2人はハッとして、絶え間なく続けていた議論を止めた。
「兄貴か」
「お兄さん?」
「ああ、少し失礼する」
シンジは席を外して、この部屋の中なら大体どこにいても同じだと判断し、少し浮かせた腰をそのまま下ろして着信に出た。
「何だ。……ああ。…………勝手に旅立つわけないだろう。採取をすべて終えてシンジ湖にいたトレーナーとバトルをした。そいつと少し話をしていただけだ。……ああ、ちゃんと帰るから心配しなくていい。……ああ、じゃあな」
「……シンジ、時計見てよ」
シンジが通話を終えたのを確認したが何やら恐ろしそうに、でもどこか楽しそうな表情をしながら時計を指さした。
そして素直に時計を確認したシンジも、今の時刻を把握して目を疑った。
「20時……?」
「私たちがここに来たとき、まだ外明るかったよね?」
「そのはずだ。はぁ…それで兄貴も電話してきたのか」
「雨も止んでるし」
がニヤニヤしながらそう言ったものだから、当初話に付き合うのは雨が止むまで仕方なく、という体でいたシンジは気まずくなった。
お前は人を挑発しないといられないのかとでも言い返そうと思ったが、実際時間を忘れるほど実のある議論が出来たのは事実であったし、そこまでイラつきは無かったため口には出さなかった。代わりにのことを聞いてやる。
「お前はどうなんだ。あのポスターのライブがあるのに、今こんな所に居ていいのか?」
「私は一応明日戻ればいいことになってるから……。かなり無理言ってのスケジュールだけど」
シンジの追求は思いのほかダメージがあったようで、は目を泳がせながらそう言った後で俯いてしまった。
ロズレイドがそれを心配そうに見上げる。
「コンテストの事情は知らんが、そもそも何故あんな所にいた?」
「とにかく思い切り技を出したくてフラフラして辿り着いただけなの。私はほら……あんまり気軽にトレーナーとバトル出来ないから……出来たとしてもみんなが知ってるのバトルをしなくちゃいけないから。だから私を知らない強いトレーナーとバトルが出来て、本当に嬉しかった」
「……休養とか言っていたな」
「うん。あっ、それは別に病気とか過労とかそういうことじゃないんだけど……。聞いてくれる?」
「面倒ごとなら首を突っ込む気は無い」
「えー!そこは聞くよって言ってくれるとこでしょ!もう……、モテそうなんだかモテなさそうなんだか分からないなぁ」
「何の話をしている」
「なんでもないっ」
はふて腐れたように頬杖をついたが、先程見せた落ち込んだ様子はいくらか消えたようだった。
まだ本物のアイドルが目の前に居る実感が全然無かったが、整った顔でジッと見つめられたことでシンジは胸をドキリとさせた。
「…………なんだ」
「面倒ごとじゃないから勝手に話すんですけど、……私、本気のバトルがしたいの。ポケモンと一緒に持てる全てを出し尽くして、限界を超えるような、そんなバトルが。シンジはきっとそういうバトルを幾度もしてきたトレーナーでしょう?」
「そうだとして、俺になんの助言を求めている?まさかホウエンのミクリさんを知らないわけないだろう。先人に倣えばいいだけのことだ」
「そう、なんだろうけど……。私はコンテストアイドルで、それは止められないから」
「?どういうことだ」
「シンジ、コンテストアイドルがどういう存在か知ってる?」
「ハッキリ言って興味ないな」
「うわーん、こんなに思い切って喋ったのに!」
「っ……下手な芝居はやめろ」
わざとらしく目元に手をやって泣き真似をするをシンジが呆れながら止めると、「シンジらしいや」と言ってはあっさりと引いた。
「私、今すごく中途半端なの。だけどやぱっりどっちも諦められなくて、それでとりあえずジム巡りをすることに決めた。そのためのお休みなの」
心中を吐露したことで大分スッキリしたらしい。
は天を仰ぎながら独り言のように言ったかと思えば、突然思い出したかのように上体を起こしてシンジに近づいた。
「そういえば!"バトルスタンバイ"ってオリジナル?」
自分の口上について面と向かってそういわれるとむずがゆい。
との物理的な距離も相まって、「……そうだ」と、シンジは目をそらしながら答えることになってしまった。
「そっかぁ。じゃあ悪いことしちゃったな」
「どういうことだ」
「あの口上使ってたら私のファンだって勘違いされちゃうかも、と思って」
「別に問題ない。すぐシンオウから立つつもりだからな」
「そうなの?!さみしい……」
「…………」
しばらくの沈黙が流れる。
シンジは目の前にあるしょんぼりとしたの顔を見ながら、彼女が呟いた「さみしい……」という言葉を反芻していた。
兄以外の人間に自分と別れることでさみしいと言われたのは初めてだった。
たった数時間話をしただけなのに。
こいつは誰にでも言うんじゃないか?と疑ったが、シンジ自身も少なからずさみしさのようなものを感じていることに気がついて、何と言葉を返したらいいのか分からなくなってしまった。
一分くらい経っただろうか、次に口を開いたのはだった。
「もうひとつそういえば。昨日帰省したって言ってたよね。それでまたすぐシンオウを立つって、シンジは今何をしているの?……って、聞いてもいい?」
「俺か」
「うん。知りたい」
「……お前は、はさっきジム巡りをすると言ったな。にとってジムリーダーとはなんだ」
「え?うーん。ジムならポケモンリーグに出るためのバッチを集める場所、システムって理解だけど、ジムリーダーと言えば…………そうだね。トレーナーを、導く人だと思う。その先へ行けるトレーナーだということを見極めると同時に、成長を促すことが出来る人」
「……そうだな」
「間違いだった?」
「いいや、いい答えだと思う。だが俺は、それだけじゃない何かを求めている」
「……?」
はおそらく関係者しか知らないであろう自身の休養の理由をシンジに話した。
そして突然のシンジの問いにも真剣に答えてくれた。
シンジはまだ兄や限られた知り合いにしか告げていない自分のこれからの生き方を、目の前のトレーナーになら打ち明けてもいいだろうと、そう思った。
「俺は今、ジムリーダー就任の準備をしている」
「そ、それって、ジムリーダーになることがもう決まってるってこと?」
「ああ。シンオウじゃないがな」
「ええ~!私ってばすごい大物トレーナーとバトルして話してたんだね」
「どの口が言ってる」
口元に手をあて、まるで凄い人物に出会ってしまったかのようなリアクションをするの隣でロズレイドが同じリアクションをとっている。
自然とこういうことができるポケモンはたいてい、余程訓練されているか、長い間一緒にいるかのどちらかだ。
深く考えなくても分かる。の場合は後者だろう。
シンジがそう判断しロズレイドに視線を向けると、それに気がついたロズレイドはニコリと笑って返した。
「そのロズレイド、長いこと一緒にいるポケモンだろう」
「うん、そうだよ。私の小さい頃、ロズレイドがスボミーの頃からずっと一緒」
「そういうポケモンが繰り出す技は強い。シンジ湖のほとりで見たリーフストームで分かった。ただ、それを実現するものは必ずしも時間だけではない。俺は以前、そのきっかけになったことがある。あれは良くないことであったと、今では分かるが……」
途中からしどろもどろになってしまい俯いたシンジの顔の横に手を伸ばし、がシンジの髪を指先で掬った。
シンジはハッとして顔を上げる。
「シンジは、そのきっかけを作る人になりたいと思ってるんだ」
「……そうだ」
「だったらね、いいものがあるよ!」
「は?」
自分がしんみりとさせてしまった空気を一瞬にして切り替えられてシンジは狼狽えた。
微睡んでいるブーバーンの側に置いてあった、すっかり乾いているバッグを漁り、「良かった~、濡れてない」と言ってが差し出してきたのは一枚のキラキラとした紙切れ。
よく見るとそれはチケットのようで、このタイミングで目の前のコンテストアイドルが差し出すものが何のチケットであるか、シンジは一瞬で理解した。
何故それがシンジにとっていいものであるのが分からなかったシンジは、受け取る前に問いかけた。
「何故それが俺にとっていいものになるんだ」
「あのね、コンテストアイドルの本質はきっかけや可能性を作ること。ポケモンを魅せることは当たり前で、自分達が輝くことは二の次。勿論バトルとは違う所があるんだけど、シンジがコンテストを見たことが無いっていうならきっと参考になることがあると思うの。このコンテストライブはかなり大規模だから、それなりに強いコーディネーターが呼ばれているし」
「…………」
以前のようにコンテストをくだらないと一蹴することはない。
コーディネーター達が魅せる技の中にバトルに役立つヒントがある時もあるし、パフォーマンスを綺麗だと感じる感性もある。
数秒思考した後、シンジは目の前に差し出されたままになっているチケットを受け取った。
シンジが受け取ったことが余程嬉しかったのかがやたらニコニコしているので、シンジは気恥ずかしさからチケットをポケットに仕舞いながら「行けたら行く」と返した。
日付はたしか三日後だったな、と考えながら。