03
「結局、明日旅立つことにしたんだっけ?」
シンジが帰ってからと言うもの、育て屋のレイジは休みという休みを取ることなく毎日忙しそうにしている。
今日も今日とて朝から預かっているポケモン達の食事を用意しながらシンジと会話している状態だ。
兄からの問いにシンジは「ああ」とだけ返した。
「確か帰って来た次の日に2、3日居ると言っていたから~、1日伸ばした形ではあるのか。何か今日用事があるのかい?」
「まあな」
「ふーん。今日と言えば、コンテストアイドル ちゃんの大規模ライブがあった記憶だけど、まさかそれだったり……」
「……しない」
「よねぇ。まぁそういうわけでヨスガシティの方は混雑すると思うから、避けた方がいいよ」
レイジはそう忠告するとシンジの返事を待つことなく大量のポケモンフーズを抱えて外へ出て行った。
「………………」
シンジはレイジが淹れた紅茶を飲み干した。
この数日、家に居る間はシンオウの情報を仕入れるためテレビをよく見ていたが、どのチャンネルに回してもCMだのバラエティだのでを目にしないことは無かった。
昨日のライブ直前生放送などにはヨスガジムのメリッサが出演してと対談しており、それを真剣に見ていたので「シンジってそういうの好きなんだっけ」とレイジに不思議な眼差しで見られた。
そのこともあってさっきはのライブに行くのでは、などと揶揄われたのかもしれない。まぁ、実際その通りなのだが……。
お祭り騒ぎも混雑も苦手だ。
中継されるのならそれで見るのもいいかと考えもしたが、家で見るには多少気まずいし、バトルは生で見るからこそ分かることもある。それにあの日の男達の会話を思い出すに、このチケットは相当レアなものらしい。
また長いことこの地に戻らないことを考えると、最後にこのようなシンオウ全体を上げて行われるようなイベントに参加するのもいいだろうなどと考え、結局会場に行くことを決めたのだった。
育て屋の仕事を手伝い、218ばんどうろでバトルをして過ごすとあっという間に日が暮れる時間になっていた。
開演まであと一時間。
ヨスガシティからそう遠くないここトバリシティでも、何だか周りがざわつき始めたような気がする。
シンジは冷え込み始めた周りの空気を大きく吸い、ここはシンオウ地方なのだと身体に染みこませてからドンカラスを出し、ヨスガシティへと向かった。
係員にチケットを出した時に他の観客にはしていない怪訝な反応をされたのが気になったが、特に問題なく普通に入場出来たシンジは、チケットに記されていた番号の席に座る。
このライブの主役本人から貰ったものなので当然なのかもしれないが、随分といい席だった。
しばらくすると開場の明かりが落ちた。それに合わせて周りのざわめきが消える。
大きなスクリーンでカウントダウンが行われた後、数日前は目の前で話をしていた少女がポスターと同じドレスに身を包んで舞台に姿を表した。
「みなさーん!今日は来てくれてありがとうございます!楽しんでいってください!!」
△▼
寒さや白い息さえ素晴らしく、夜空瞬く星がひときわ美しく見える、そんな夜になった。
開場を出る他の観客達のように興奮を身体で表すことはしなかったが、気持ちは同じだった。ポケモンはかわいく、かっこよく、かしこく、たくましく、うつくしい。
そういう素晴らしさを全身で浴び、心が震えている。
ポケモンを知る手段としてなぜ今までコンテストを避けていたのか、と思い直すほどだった。
そして何より、だ。彼女のバトルだ。
"コンテストアイドルの本質はきっかけや可能性を作ること"
まさにその通りだった。
バトルの最中にいかにポケモンを魅せるか、コンテストアイドルのそれは自分のポケモンだけに留まらない。
自分のポケモンを使い、相手を引き立て、常に新しい光で観客を魅了する。
必要な場面では引き、それをわざとであると悟らせない技巧。
相手のやる気を引き出し、場を盛り上げる技量。
ポイントが相手に入っても、そこから自身の負けとなってしまっても、それでもその素晴らしいバトルをが作ったと分かるから、彼女はずっと眩しいままだ。
通常のポケモンバトルとは技術がまったく異なるが、感覚としてシンジは自分の理想に近いものを得たと感じていた。
次に会ったら礼のひとつも言わねばなるまい。シンジはそう考えたが――
(……いや、もう会うこともないか)
数日前のことは、あまりに特別だったのだ。
自分がシンオウを出ることをさみしいと、そう言って貰えたことは光栄だった。
シンジは最後に一度だけまだ明るいコンテスト会場を振り返り、フッと笑みをこぼすと、またその足を故郷トバリシティへと向けるのだった。
△▼
「…………あ、あったぁ!!」
ライブが終わり、スタッフへの挨拶回りとシャワーや着替えその他を済ませたがマネージャーに呆れられながらやっていたことは、チケット半券の入ったゴミ袋漁りだった。
一時間近く漁り続けていたため、「もう無いんじゃないの?諦めたら?」などと言われたが諦めず探し続けた結果、お目当てのものを発見することが出来た。
がその一枚を天に掲げながら感動に浸っていると、「本当にあったんだ」とマネージャーやその場にいたメイクさんがチケット半券を確認しに来た。
そのチケット半券には他のチケットと異なり、キラキラのペンで書かれたのサインが半分になった形で残されている。
「ふふ、来てくれたんだなぁ」
それはがシンジに渡したチケットであった。
は天に向けていたチケットをものすごく大事なものを扱うように胸元に持ち直し、つぶやいた。
「また会えるといいな」