URBAN FOLKLORE   

05


トキワの森を臨む永遠の緑の街。
いつもは穏やかな街の空気が、今日は少しひりついていた。

「ゴルダック、アクアテール!」
「メガホーンで迎え撃て!ニドキング」
「くっ、ゴルダック!もう一度だ!……ゴルダック、どうした?!」
「ふん、ベノムショックだ」
「……ゴルダック、戦闘不能!この勝負、ジムリーダーの勝ち!」

審判の宣言を聞いた挑戦者はゴルダックに駆け寄り、労いの言葉をかけてからモンスターボールに戻す。
そして立ち上がりシンジの方へ向き直り、その顔に悔しさを滲ませながら礼をした。

「ありがとうございました……」
「………バッジは渡せない。何かいけなかったのかよく考え……いや、分かるか?」
「えっ、あ、さ、最後の……、どくのトゲ、ですか。接近戦を仕掛けるべきじゃなかった」
「そうだ。そして二戦目も同じようなミスだった」
「……?」
「俺のドサイドン相手にナッシーを出せた時点で勝ったとでも考えていたんだろう。ドサイドンの特性がサイドンと異なる場合があることや、覚えることが出来る技もよく知らずにな」
「……そう、ですね」
「お前のポケモンは弱くはない。少なくとも俺のポケモンの技を受けて一撃で倒れることは無かったのだからな。もっと知識を深めることだ。ここから先はそう甘くない」
「……はい!また来ます!」

挑戦者の顔は、先ほどの悔しさに満ちたものからどこか希望を見いだした明るい表情になっていた。
ジムを出て行く挑戦者を見送って、シンジは表情には出さないもののそっと胸を撫で下ろす。まだまだ自分の理想とするジムリーダーが出来ているとは言い難い。
だが、今のバトルを取っても、シンジはすぐに挑戦者を負かし帰らせることが出来たのに、それをしなかった。
あまつさえ、挑戦者が負けた要因を説明し、少しばかりの励ましさえしたのだ。
先ほどの挑戦者はきっとまた来るだろう。
うまく、出来ただろうか。そういう安堵だった。


ジムリーターといっても、そう毎日毎日挑戦者が来るわけではない。
チャンピオンロード手前のジムともなれば尚更だ。
早くジムリーダーとしての経験を積みたいシンジにしてみればもどかしいことこの上なかったが、それなりに充実した日々を送っていた。
かつて自分のライバルと共に旅をしていた元ジムリーダーの男がたまに世話を焼きにきたり、オーキド博士の研究所が近いため時々訪れてみたり、それでも無ければ野生ポケモンも出会うトレーナーも強いシロガネ山に出向いて自分のポケモンを鍛えることも出来る。
もっとカントーの色々な所に行ってみればいいとよく言われるが、ジムリーダー駆け出しの身としては挑戦者の来訪があればすぐに駆けつけられる距離にはいたかった。


そんな日々を過ごしてもうすぐ一年になる。
シンジは悩んだものの、結局シンオウへ帰省することに決めた。
兄のレイジとはそれこそ週に一度くらいの頻度で通話をしており、その時にトバリに預けている自分のポケモンの顔を見せて貰えるし、いざとなれば送って貰うことも可能だ。
だから寂しいという気持ちはあまり無かったのだが、一応、これまで一年に一度は帰省するようにしていたし、この穏やかな街の空気ばかりを吸っていると、肺に入れると痛いくらいの故郷の冬の空気を味わいたくなるものだった。
それにカントーではあまりコンテストが盛んでは無い。本当に以前の自分からは考えられないことであったが、もう一度”あのような”バトルを見たいと思ったのだ。


もっと自由なジムリーダーをたくさん知っているので帰省のための休暇が拒否されるなどとは端から考えていなかったわけだが、一週間の休暇届けはあっさりと受理された。
兄に連絡を入れ荷物をまとめ、休業中の看板を扉に掛ける。
いくつかの公共機関を乗り継いで、シンジは一年ぶりにシンオウの地に立った。


▼△


も随分色々なことに慣れてきたもので、ここ最近はマネージャーとの打ち合わせも早めに終わることが多くなった。
それで余った時間を事務所の一室で各々好きなように過ごしていたのだが――

「ふぅ…………」
「……ねぇ、本当に違うんだよね?」
「えっ、うん、違う違う。そういうのじゃない、です」

レイジと連絡先を交換してはや2ヶ月。
が時間さえあればスマホロトムを眺めてため息を吐くのを見たマネージャーに、「まさか男じゃないよね」と疑われているのだ。
一度スマホロトムのデータをチェックされ、レイジの連絡先があることについて追求されたが、連絡先があるのみでまったくやり取りの履歴が無かったため難を逃れた。


別に恋愛禁止というわけではない。
ただ売り出し中のこの時期に勝手な行動を起こして欲しくない、まぁできれば今は恋愛を我慢して貰いたい、というのが事務所の本音だろう。
そういうわけでマネージャーが言っている男とは恋愛対象の異性の意であり、その点では、一応、まだ、そういう対象ではないので嘘はついていない……はずだ。
シンジはが自分らしく対等にバトルの話が出来る唯一の人間で、はまたシンジと会ってあの日のような楽しい時間を過ごすことが出来たら嬉しい。今はそれでいいと思っていた。

「……シンオウ地方を出たバトルの強い知り合いが帰ってくるっていう連絡をずっと待ってるの」
「ああ、それが前に取材したトバリの育て屋の人の弟なんだっけ?」
「うん、そう」
「へぇ、あそこの人、結構な好青年だったよね。その弟も爽やかイケメンな感じなの?」
「えー?ふふ、全然似てないんだよ」
「ふーん。まぁ今まで問題無かったから大丈夫だと思ってるけど、さっきみたいな表情は外で出さないでよね」
「さっきみたいな表情って?」
「スマホロトムを見ている時の表情。完全に好きな人からの連絡待ちって顔をしてたんだから」
「!?」

マネージャーの指摘には驚いた……というより、ギクリとした。
逸らした目をゆっくりと戻しながら、恐る恐るその先の言葉を紡ぐ。

「そう、見えてた?」
「見えてた」
「やだな~、そんなんじゃないのに……もう……」
「はいはい。いいから、頼んだわよ」
「はい…………」

もう時間だから、と、席を立つマネージャーの後を追っても席を立った、その時だった。
スマホロトムがテーブルからの顔の前に移動し、メッセージの受信を告げた。
その相手を見て、は静かに呟く。

「レイジさんから…………?」
「えっ、それってまさか」
「ずっと待ってた連絡、来た、かも…………」

はどうしようもなく頬が緩んでしまっていることを自覚したが隠せるわけもなく、ジト目で見てくるマネージャーに「その顔」と言わんばかりにビシッと指をさされ、「気をつけます……」と言うしかないのだった。