07
ディナーを食べ終わる頃には最初にあった不穏な空気を忘れてしまうくらい、とシンジ、そしてレイジは賑やかで穏やかな時間を過ごし、会話に花を咲かせた。
そんな空気が羨ましかったのか、途中で勝手にボールから出てきたロズレイドはレイジから家の中で自由にしていて良いと許可を得ると、同じく室内で自由にしていたシンジのマニューラとあっという間に打ち解け、勝手知ったるマニューラがくすねた達の夕食のバケットや生ハムを一緒に食べていた。
そうして会話の途中にロズレイドの様子を確認したときにふと目に入った、暖炉の上のレイジのものだというジムバッジを見ては思い出した。
「あっ、そうだ!すみません、遅くなってしまったんですけど」
言いながら、はシンジに足下に置いて貰ったままになっていた荷物カゴの中から、大きめの紙袋を取り出してレイジに差し出した。
最初のごたごたですっかり忘れていたのだ。
「これ、手土産兼お土産です。この間仕事でホウエン地方へ行ったので」
「そんな、気を遣わなくてよかったのに。ありがとうね。……あ!フエンせんべいだ!嬉しいなぁ、やっぱホウエンといえばコレだよね。シンジはホウエン地方で食べたかい?」
「食べたことはあるが、大体はポケモンに与えていたな。なんでもなおしやラムの実と同じ効果がある」
「うわぁ、またそういうコメントするんだから」
「おもしろいところありますよね、シンジって」
「ちゃんはこう言ってくれるからいいけどさぁ」
レイジが呆れた目でシンジを見たが、シンジは怯むどころか、何か悪いことでもしたかとでも言うようにレイジをにらみ返す。
両者沈黙のまま数秒にらみ合っていたが、レイジが観念したというように肩をすくめて「目力ではシンジに勝ったことがないんだ」と言うから、は面白くて笑ってしまった。
そんなに笑うことないだろうというシンジの抗議の目を気にせずひとしきり笑い終えたは、ようやく本題に入る決心をした。
そう、は一緒にディナーをいただいて楽しくおしゃべりするためだけにシンジに会いたかったわけではないのだから。
「あのね、シンジ。これ見て」
が取り出したモンスターボールの柄のケースを見て、シンジとレイジの二人はそれが何なのかすぐに察したようだった。
はそれを開いて見せる。
中にはきらびやかなバッジがあるべき場所にすべて収まっているように見えたが――
「キッサキのバッジはどうした」
「まだ、なんだよね」
「それは挑戦がまだということか?」
「ううん。もう2回挑戦してるの」
はなんでもないことのように答えて見せたが、このことはにとって大きな問題であった。
何故なら――
「そこで躓いているようじゃ、お前が求めるものにはほど遠い」
「……私が話したこと覚えてくれていたんだ」
「ふん、まぁ、お前のポケモンはこおりタイプにめっぽう弱かったからな」
「おっしゃるとおり」
「なになに、二人とも。何の話?」
別にジム制覇したいわけでも最強になりたいわけでもないが、こうも特定の相手に弱いということはがしたかった本気のバトルは自身のせいでかなわないということになる。それではあまにも中途半端だ。
コンテストバトルでは、その弱点を突かれて負けることもエンターテイメントのひとつだと思えていたし、ポケモンバトルに負けても魅せるという点で上回っていればコンテストバトルとしては勝ちであり、はコンテストバトルについては絶大な自信がある。
だけどその中でときおり感じる、もっと激しく、もっと荒々しく、そういった高揚感を求めるようになってしまった。
スゥと小さく息を吸い自分がどうしてこのようなことをしているのかを再認識した後、話が分からず問いかけてくるレイジに対しての言葉を待つシンジと一瞬目を合わせ、は笑顔を作った。
「えっと、あんまり公にはしていないんですけど、私、シンオウのジム巡りをしているんです。パフォーマンスの幅を広げようと思いまして。それで、修行として」
「へぇ、そうなんだ!確かにちゃんのポケモンならいいところまでいけそうだ」
「えへへ……」
”いいところまで”
ジム制覇済み、かつ、たくさんのポケモンを扱う職業に就いているレイジの口か自然と出た、悪気はないであろうその言葉はの心をチクリと刺した。
隠すのか、というシンジの訝しげな目線に気づいていながらも、はそれをかわしてシンジへ話を振る。
「それでね、新しい子を育てることも考えたんだけど、ロズレイドが同じくさタイプのユキノオーにどうしても勝ちたいって言ってて……。だから私も今のメンバーで勝とうって決めたの。でも……でも、やっぱり勝てないとき――」
「…………」
「ジムリーダーのシンジは、私にどうアドバイスする?」
本当はもっと楽しいことのように聞くつもりだったのだが、何故だか弱々しい言い方になってしまった。
そのせいでとシンジの間には少し重い空気が流れたが、それに気づいていないレイジが面白そうに「俺も聞きたいなぁ」と言ったので、シンジはため息をひとつ吐いてから言葉を紡いだ。
「……ユキノオーは弱点が多く、中でもほのおタイプの技にはかなり弱い。だからスズナさんは状態異常技でその対策をしているが、ユキノオー自体の素早さはそれほど高くない。威力の高い弱点をついた攻撃で先制するのが一般的な攻略法だ」
「そうなんだろうね、でも……」
「できないとは言わせない。さっきからこおりタイプとくさタイプの話しか出ていないが、まさか忘れているわけではないだろう。ロズレイドはどくタイプだ。前に見たバトルや普通に触っている様子から特性はどくのトゲではないんだろうが、俺ならどくタイプの技で弱点を突きつつどく状態にして攻める」
「うん、俺も同意見かな。あくまで単純にロズレイドとスズナさんのユキノオーだったらの場合だけど」
シンジの意見にレイジがウンウンと頷く。
レイジが最後に付け加えた言葉の意味を、シンジは理解しているようだった。
「兄貴に聞くが、コンテストバトルではあまりどくタイプの技は使われないのか?」
「え?別にそんなことないけど。俺がさっきああ言ったのは、ちゃんのイメージではないからな~と思ってのことだよ」
「……そういうことだな」
「…………」
シンジがに向き直る。
すべて分かったと物語っているその鋭い眼光からは目を逸らしたが、言い訳をするつもりは無かった。
今からどれだけ容赦のない言葉が降り注ぐのだろうか、いや、それを期待していたのかもしれない。
だって、がコンテストアイドルだと知りながら、そのフィルターを通さずにに意見をくれるのはシンジだけだから。
誰かに見られていればはいつだってどこだってコンテストアイドルでなくてはならなくて、自身もその仕事と役割が好きだ。
だからこそ自分が求めたものを忘れてしまうことがある。
それを吹き飛ばして、真面目に、真剣な意見をくれるシンジが好きだった。
よし、と覚悟を決めてシンジと目を合わせただったが、シンジの目から先ほどまでの鋭さが無くなっていて拍子抜けし、逆に緊張感が高まった。
「お前はジムリーダーとして俺にポケモンバトルのアドバイスを求めたが、違うな。お前に、に、本当に必要な言葉をくれてやる」
「?」
「どくタイプの技ごときでお前の輝きは霞んだりしない。自分のポケモンを使い、相手を引き立て、観客を魅了する。あの技量が損なわれるとは思わない。……俺はコンテストバトルには疎いが、人よりポケモンやトレーナーを見る目はあるつもりだ。信じろ」
「っ……!」
思いがけないその言葉に速くなった心臓の鼓動を感じ胸を押さえて黙り込んでいると、シンジとの心地の良い沈黙を破ったのはレイジだった。
「び、びっくりした……シンジ、そんなこと言えるようになったんだ。あはは、成長したなあ!」
「兄貴……」
言ってる内にレイジは一人で盛り上がってシンジの背中をバシバシと叩き始める。
それで恥ずかしくなってきたのか、シンジは目を逸らし少し頬を染めた。
その様子を見ては更にドキドキして何も言えずにいたが、またもやレイジが「あ、そうだ」と何か思いついたように切り出した。
「シンジって、明日キッサキへ行く予定だって言ってなかった?」
「…………」
確かに明日はキッサキにでも行こうかと考えていたが、それを兄に伝えていたか?
……いや伝えていない。兄貴め、適当に言ったな、そう気づいた時にはもう遅かった。
シンジが記憶を辿っていた間の数秒でシンジが自分の思いつきに乗ったのだと捉えたレイジはそのまま話を続ける。
「ちゃんは明日から数日空けられたりするかい?」
「えっ、あ、そうですね。明日は元々休みを取ってあるんですけど、次に収録と撮影があるのは明明後日からなので、明後日は調整できます」
「おお、流石、リアルなアイドルのスケジュールだ……。でも要するに、明日と明後日は大丈夫ってことだよね!」
「そうですね……?」
先程から気が動転しているはレイジの質問にただ答えただけで、その真意を汲み取れてはいなかった。
目の前のシンジだけが、レイジがこの先何を言うか分かったような顔をしている。
「じゃあ二人でキッサキへ行ってきなよ!」
「…………」
「え、は、はい!?」
「ねぇシンジ。ジムリーダーと一流のコンテストアイドルで、丸一日特訓してロズレイドを仕上げられないことあるかい?」
「……ないだろうな」
「え、えぇ!?シンジはいいの?貴重な休暇を……」
「俺はかまわない。……さっき兄貴も言っただろう。キッサキへは元々行く予定だった」
「そ、そっか。……じゃあ、お願いします」
「よし、じゃあ決まりだね!後は二人で相談してよ」
「…………」
「…………」
そういうわけで、はシンジと二人でキッサキへ行くことになった。
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▼あとがき
この話から個人サイトのみでの掲載です。
月一くらいで更新したいです。
本編はそんなに長くならない予定なので、本編完結したらランキングとか登録しようと考えています。